はじめまして。ブログ「生き直しラボ」を運営している、泉マコトと申します。
ここまで読みに来てくれて、ありがとうございます。もしかしたらあなたは、人間関係に少し疲れていたり、何かを続けようとしてもできなくて自分を責めていたり、毎日をただやり過ごしているような感覚を抱えているのかもしれません。
私も、まさにそうでした。不登校・ひきこもり・精神科への通院・福祉的な就労という経歴を持つ40歳の人間が、なぜこんなブログを書いているのか。少し長くなりますが、できるだけ正直にお伝えします。
先に、このブログの結論にあたる部分だけお伝えしておきます。私は10年近く、自分を変えようとしてもうまくいきませんでした。
知識を増やしても、一人で気合いを入れても、結局は動けなかったのです。
そんな私がようやく変わり始めたのは、たった一人で頑張ることをやめて、少しずつ「環境」のほうを変えていったときでした。
大げさな決意ではなく、身を置く場所を少し変える。その小さな積み重ねが、結果的に自分を動かしてくれた。これが、私が遠回りの末にたどり着いた実感です。
このブログは、その「環境を少しずつ変えながら生き直していく過程」を記録していく場所です。名前のとおり、ここはまだ実験中のラボにすぎません。
完成した自分が答えを語る場所ではなく、途中の自分がそのまま書き残していく場所です。その前提を共有したうえで、自分の話を順番にしていきます。
まず、今の自分のこと
過去の重たい話から始めると、読むのもしんどいと思います。なので先に「今、どこまで来たか」をお伝えさせてください。そのほうが、このあとの過去の話を、少し落ち着いて読んでもらえる気がするからです。
現在40歳。精神科にはまだ通っていますが、症状はほぼ回復しています。
同じA型作業所で、10年以上働き続けています。
資産は、作業所の収入からコツコツ積み上げてきたものを中心に、2026年6月時点で700万円ほどになりました。
お金の勉強としてFP2級も独学で取得し、投資にも取り組んでいます。
正直に書くと、今も実家暮らしで、親の世話になっています。完全に自立できているとは、とても言えません。
それでも、同じ場所で10年以上働き続けられたことは、かつての自分からすると信じられないことです。
念のため書いておくと、これは「成功した人間の自慢話」ではありません。今もまだ実験の途中にいる人間が、その経過をそのまま記録しているだけです。
実際このブログ自体、つい最近サイトを一から作り直したばかりで、ここに書いていることが正解かどうかも、まだわかっていません。そんな現在地から、過去の話を始めます。
「普通」のレールを外れた日
私の話は、小学5年生の3学期から始まります。その日から、私は学校に行けなくなりました。
なぜ行けなくなったのか、今でもうまく説明できません。冬休みの宿題が終わっていなかったとか、休み明けが憂鬱だったとか、思い当たることはいくつかあります。
でも、どれも本当の理由ではない気がするのです。ただ、行けなくなったという現実だけが、そこにありました。
不登校は中学2年生まで続きました。中学3年生になると、周りの人たちの支えのおかげで少しずつ登校できるようになり、なんとか高校に進学し、卒業もできたのです。
問題は、そのあとでした。大学受験に失敗し、浪人したものの勉強がうまくいかず、進学を断念します。
就職に向けて動くこともできず、家族以外の誰とも関わらない日々が始まりました。気づけば、その状態が10年近く続いていたのです。
一人では、どうしても動けなかった10年間
ここからは、ひきこもっていた10年間のことを正直に書きます。あまりかっこいい話ではありません。
生活は、完全に昼夜逆転していました。朝に寝て、夕方に起きる。世間が働いたり学校へ行ったりしている時間帯を、まともに直視するのが怖かったのだと思います。
やっていたことは、ほとんどがネットサーフィンと動画を見ることでした。特に何かを成し遂げるわけでもなく、ただ時間だけが過ぎていきました。
ときどき、ふと本を読むこともありました。心理学や自己啓発書、哲学のエッセイ、お金や投資の本にも手を伸ばしたものです。
ただ正直に言えば、読書が生活の中心だったわけではありません。だらだらした毎日の中で、たまにやっていたことの一つにすぎませんでした。
誤解のないように書いておくと、その読書がすぐに何かを変えてくれたわけではありません。
ただ、当時読んだ投資やお金の本の内容は、何年も経ってから、FP2級の勉強や実際の資産形成という形で、ちゃんと自分の役に立ちました。
動けなかった10年間も、何ひとつ残らなかったわけではなかったのだと、今なら思えます。
ここが、自分でも大事だと思っている部分です。本を読んで「明日から変わろう」と思うことは、何度もありました。
けれど実際には、翌日もまた同じ時間に起きて、同じようにだらだらして、一日が終わっていく。その繰り返しでした。
知識が足りなかったわけではありません。かといって、意志の力で自分を動かすこともできませんでした。
今になって思うのは、たぶん私は「一人で、自分の意志だけで動く」というやり方が、とことん向いていなかったのだということです。
どれだけ本を読んでも、どれだけ「変わりたい」と願っても、部屋に一人でいるかぎり、私は動けませんでした。
「そのうち、やる気が出れば動けるようになる」。そう思って待っていても、その日は来ませんでした。
あとから振り返ると、私を動かしてくれたのは強い意志でも新しい知識でもなく、「自分の外側にある環境」でした。次の話は、そのきっかけについてです。
親が作ってくれた、小さなきっかけ
その「環境」のきっかけを作ってくれたのは、親でした。
私のこの状況をなんとかしようと、親はカウンセリングに通い始めます。最初の私は「自分には関係ない」と思っていました。
けれど、通い続ける親の姿を見ているうちに、自分でも何かしなければ、という気持ちが少しずつ芽生えてきたのです。
そしてある日、勇気を出して、親のカウンセリングに一緒についていくことにしました。
今思えば、あの一歩を出せたのは、私の意志が強かったからではありません。
身近な親が動き続けているという「環境」が、止まっていた私の背中を、少しずつ押してくれていたのだと思います。
振り返れば、これが「環境に動かされた」最初の経験でした。
カウンセラーの方と話すうちに、それまで言葉にできなかった自分の気持ちを、少しずつ口に出せるようになっていきました。
その流れで精神科にも通い始め、治療を受けながら、状態は少しずつ安定していきました。
外の世界に出た日|B型作業所という小さな環境
精神状態が落ち着いてきた2014年の夏ごろ、当時28歳だった私は、そのカウンセラーの方が開いていたB型作業所に、初めて足を運んでみることにしました。
私にとって、これが本当の意味での「社会への一歩目」だったと思います。
正直、怖かったです。知らない人たちの輪の中に入ること、決まった時間に外へ出ること。その一つひとつに、ありったけの勇気を使いました。
前の晩は、行く理由よりも、行かない理由ばかりを数えていたのを覚えています。
それでも、この「外の世界に出る」という一歩は、それまでの何年もの時間と比べて、信じられないほど大きな変化でした。
一人で部屋にいたときは、あれほど動けなかったのに。決まった場所に、決まった時間に通うという小さな枠組みができただけで、止まっていた生活が、少しずつ回り始めたのです。
大事だったのは、私が強くなったことではありません。「行かざるをえない場所」「迎えてくれる人」という環境が、外側にできたこと。
それだけで、人はこんなにも変われるのかと、自分でも驚きました。この実感が、のちに「生き直しラボ」というブログ名の由来にもなっています。
A型作業所という居場所と、一般就労への挑戦
B型作業所での経験を経て、私は次のステップとしてA型作業所に移ることにしました。
初めて、自分の働きに対してまとまったお金をもらったとき、素直に嬉しかったのを覚えています。
金額そのものより、「働いてお金を得る」という経験自体が、それまでの自分には一度もなかったからです。
仕事を続けるうちに、少しずつ自信もついてきました。運転免許も取得し、ひきこもり時代には考えられなかったことに、一つずつ挑戦できるようになっていきました。
そして2018年、作業所の紹介で、地元のホテルの厨房にて調理補助として一般就労に挑戦することになります。緊張しながらも勇気を出して飛び込み、約8ヶ月のあいだ、なんとか働き続けました。
この経験を通じて、はっきりわかったことがあります。作業所という環境が、自分にとっては「働きやすさ」の面でとても合っていた、ということです。
ちょうどWebライターへの挑戦という気持ちも芽生えていたこともあり、最終的にはホテルの仕事を辞めて、元のA型作業所に戻ることを選びました。
逃げたのか、と問われれば、その気持ちがなかったとは言いません。でも今では、これは「実際に試したうえでの選択」だったと捉えています。
一般就労という選択肢に一度飛び込んでみたからこそ、自分に合う環境がどちらなのかを、頭ではなく身体で理解できたからです。
今、取り組んでいること
作業所に戻ってからも、歩みを止めたつもりはありません。
勉強を続けてFP2級に合格し、ひきこもり時代から読んでいた投資の本の内容を、ようやく実践に移せるようになりました。
資産のほとんどは作業所収入からの地道な貯金ですが、学んだ知識を活かしながら少しずつ運用も続け、今では700万円ほどになっています。
お金の不安が完全に消えたわけではありませんが、「自分にもできることがある」という感覚は、確かに育ってきました。
そしてもう一つ、今いちばん力を入れているのが、Webライターへの再挑戦です。実は過去に一度挑戦して、挫折しています。
それでも、文章を書くことを仕事にしたいという気持ちは消えませんでした。このブログ自体が、その再挑戦の実験場です。
ブログのサイトをわざわざ一から作り直したのにも、私なりの理由があります。
うまくいかなかった旧ブログをずるずる引きずるより、環境そのものを新しくしたほうが、また書き続けられる気がしたのです。
「自分の意志を強くする」のではなく「続けやすい環境を用意する」。これは、私が10年かけて学んだやり方そのものです。
うまくいくかどうかは、正直まだわかりません。その過程も含めて、ここで正直に記録していくつもりです。
なぜ、このブログを書くのか
理由は、大きく2つあります。
1つ目は、私の経験が、誰かの役に立つかもしれないと思うからです。
不登校やひきこもりの記憶、人間関係の苦手さ、お金の不安、続けられない自分への焦り。こうした悩みを抱える人に向けて、専門家でも成功者でもない当事者だからこそ、書けることがあると思っています。
特に「一人で頑張るのではなく、身を置く環境を変える」という遠回りの実感は、よくある自己啓発の話とは少し違う角度から、誰かのヒントになるかもしれません。
2つ目は、私自身のためです。
Webライターとしてもう一度挑戦したい、そして何か一つ、打ち込めるものを持ち続けたい。その気持ちが、このブログを書く原動力になっています。
繰り返しになりますが、ここは完成した人間が語る場所ではありません。今も実験中の人間が、その過程を正直に書き残していく場所です。
何度も止まってきたけれど、止まり続けはしなかった。私のこれまでは、そういう記録の連続でした。
「生き直しラボ」で扱っているテーマ
このブログでは、私自身の経験をもとに、主に次のようなテーマを扱っています。
- 【生きづらさと人間関係】不登校・ひきこもりの経験と、そこから少しずつ回復していった過程
- 【作業所と働き方】A型・B型作業所のリアルな実態と、一般就労とくらべて感じたこと
- 【お金と投資の防衛術】限られた収入の中での貯め方や、FP2級を活かした投資のリアル
- 【学びとライフハック】完璧主義や先延ばし、「わかっているのに動けない」という感覚との付き合い方
- 【所長の実験録】Webライターや副業への再挑戦、キーワードに縛られない、その時々の本音や考えごと
特に、ひきこもりや不登校を経験した方、生きることに少し疲れている方、人間関係がうまくいかずに悩んでいる方に、何か一つでも届けばと思って書いています。
最後に、このブログでの約束を書いておきます。きれいごとは書きません。失敗も、まだ解決できていないことも、隠さず正直に書いていきます。
完成していない自分が、これからも等身大で書き続ける。それだけは、約束します。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。これから、よろしくお願いします。
泉マコト(生き直しラボ 所長)