A型作業所で働きながら、ふと「一般就労」という言葉が頭をよぎる瞬間はないでしょうか。
支援員との面談の帰り道、仲の良かった同期が一足先に一般企業へ移っていく話を聞いたとき、あるいは特に理由もなく、ただ夜になって考え込んでしまう時間に。
「A型から一般就労なんて、自分にはできない」。そう思ってしまう自分を、どこかで責めていないでしょうか。
私はA型作業所に10年以上通いながら、一度だけその一般就労に挑戦したことがあります。
ホテルの厨房で8ヶ月間働き、そして自分の意思でA型作業所に戻りました。うまくいった話でも、失敗した話でもありません。
行ってみて、それでも戻ることを選んだ、というだけの話です。
このとき感じた迷いや不安、そして戻ってからのことを、この記事では正直に書いていきます。
同じように悩んでいるなら、何か拾えるものがあるかもしれません。
なぜ「できない」と感じてしまうのか
「できない」と感じる背景には、大きく分けて2つの状態があると思います。まだ実際には動けていない人と、すでに動き出しているのに、なかなか結果につながらない人です。どちらに近いか、読みながら確かめてみてください。
まだ動けていない人へ
実は私自身も、一般就労の話が出たとき、同じように感じていました。
新しい仕事が自分にできるのか分からない不安。せっかく慣れたA型作業所の居心地を手放すリスクを負いたくない気持ち。
それに、当時は毎週のように顔を出していたB型作業所に、遊びに行けなくなるかもしれないという懸念もありました。
今のA型作業所というクッションを失いたくない、というのがおそらく一番大きかったと思います。
もう動いているのに、結果が出ない人へ
一方で、すでにハローワークの障害者枠などに応募し、実際に動き出している方もいると思います。
ただ、応募や面接がうまくいかず、前に進んでいる実感が持てないまま焦りだけが募っていくのは、正直しんどい状態です。
私自身はこの経路で一般就労に挑戦したわけではないので、具体的な打開策をお伝えすることはできません。
ただ、動けていないわけではなく、結果が追いついていないだけなのだということは、ここで一度お伝えしておきたいです。
なお、これから書くのは、私が実際に通った1つのA型作業所と、1つの一般就労先での経験です。
すべてのA型作業所や職場に当てはまるとは限らないことを、先にお断りしておきます。
誘われたとき、天秤にかけていたもの
一般就労の話が来たのは、A型作業所内のカフェで料理を担当していた時期のことでした。
管理者が、知り合いだったホテルの人事担当者に、私を推薦してくれたのです。
声をかけられたとき、正直かなり迷いました。新しい仕事が自分にできるのかという不安もありましたが、それ以上に大きかったのは、今のA型作業所の居心地の良さを手放すリスクでした。
それに、当時は毎週のように顔を出していたB型作業所に、遊びに行けなくなるかもしれないという懸念もありました。今の場所で得ている安心材料を、丸ごと失うかもしれない。
そんな損得勘定が、頭の中をぐるぐる巡っていました。
それでも、管理者に背中を押されながら、自分の中でも少しずつ前向きになっていき、最終的には挑戦する気持ちのほうが勝りました。
軽い気持ちで決めたわけでは、決してありません。
こうして始まった8ヶ月間、実際にどんな仕事をして何が大変だったかは、別記事「一般就労は難しいのか」に詳しく書いています。
この記事でお話ししたいのは、この決断の中身と、そして8ヶ月後に私がどう戻ってきたか、ということです。
気づけば、A型作業所に戻ることを決めていました
戻ろうと決めた瞬間について、実は今も、はっきりとこれだと言える瞬間を思い出せません。
何か大きな出来事があったわけではなく、気づいたら少しずつそう思うようになっていた、という感覚のほうが近かったです。
そういえば、心配していたB型作業所への「遊びに行く」頻度は、この頃実際に減っていました。
ただ、正直に言うと、勤務時間の変化だけが原因だったのかは分かりません。
当時はちょうど、B型作業所に顔を出す回数自体が少なくなっていた時期でもあったからです。
一般就労のせいだと言い切ってしまうのは、たぶん正確ではありません。
同じ頃、ネット上でWebライターという働き方を知り、興味を持ち始めていたのも覚えています。
この話は後で詳しく書きますが、新しいものへの興味と、「このままでいいのか」という気持ちが、同時に自分の中で膨らんでいった時期でした。
料理長に退職の意思を伝えたときの詳しいやり取りは、正直あまり覚えていません(このあたりの経緯は「一般就労は難しいのか」でも触れています)。
ただ、せっかく働き始めて1年も経たずに辞めるのですから、気まずさというほどではないにしても、多少は気になりました。
多少の引き止めはありましたが、最終的には納得してもらえたことは覚えています。
「もう戻れないかもしれない」という不安は、私の場合は杞憂でした
一般就労に挑戦しようとしている人、あるいはすでに挑戦してうまくいかなかった人の多くが、心のどこかで抱えている不安があると思います。
「もし一般就労がうまくいかなかったら、もう二度と元の作業所には戻れないのではないか」というものです。
私自身、ホテルで働く前、まさにこの不安を強く感じていました。
結論から言うと、私の場合、この不安は杞憂でした。
管理者が、私が戻ってくることを事前に周囲へ伝えてくれていたおかげで、拍子抜けするくらい、すんなりと戻ることができました。
気まずい空気になることも、腫れ物に触るように扱われることもありませんでした。「またよろしくね」というような、ごく自然な一言があったような気がする程度で、特別なことは何も言われませんでした。
みんな、いつも通り、普通に接してくれました。
戻った瞬間、身構えていたような気まずさは、驚くほどありませんでした。むしろ、よく知った場所に帰ってきたという安心感のほうが強かったです。
ミシンの作業も、8ヶ月のブランクを感じさせないくらい、身体がすぐに思い出してくれました。
この「やればすぐに戻れる」という手応えも、必要以上に落ち込まずに済んだ理由の一つだったと思います。
もちろん、これは私が通っていた1つのA型作業所での話です。すべてのA型作業所が同じように迎えてくれるとは限りません。
それでも、「挑戦したら戻れなくなる」というのは、少なくとも私にとっては思い込みに過ぎなかった、ということは伝えておきたいです。
戻ったあとも、うまくいかなかったこと
ここまで、比較的前向きな話を書いてきましたが、A型作業所に戻ってからすべてがうまくいったわけではありません。
ホテルを辞める1、2ヶ月前くらいから、Webライターという働き方に興味を持ち始めていました。
情報収集をしたり、本を買って勉強したりする日々です。
A型作業所に戻ってからは、クラウドソーシングサイトに登録し、タスク案件から実際に取り組み始めました。
ただ、これも長くは続きませんでした。A型作業所での仕事はフルタイムではないとはいえ、その後に副業をする体力までは残っていませんでした。
疲れてできない日が続き、少し休むつもりが、だんだんとサボるようになり、気づけば手を付けなくなっていました。
モチベーションも並行して下がっていったので、単純に体力だけの問題でもなかったと思います。
うまくいかなかった、というのが正直なところです。
ただ、完全に諦めきったわけでもなく、その後も情報収集や本での勉強だけは、細々と続けていました。
戻る場所があったからといって、すべての悩みが解決するわけではない、というのが実感です。
「できない」と「できるけど、しないを選ぶ」は違う
この8ヶ月間を振り返って、今の私がたどり着いた結論があります。それは、「一般就労ができない」ことと、「できるけれど、あえてしないことを選ぶ」ことは、まったく別物だということです。
戻れる場所が、先にあったから動けた
思い返すと、私が一般就労に踏み出せたのは、勇気があったからというより、戻れる場所を先に持っていたからだと思います。
A型作業所という、いつでも戻れる居場所。そして少し形は変わってしまいましたが、B型作業所という、心のよりどころ。
この2つがあったから、「だめなら戻ればいい」という気持ちで、思い切って一歩を踏み出せました。
実際、ホテルで働いている間も、A型作業所の管理者やB型作業所との繋がりは切れていませんでした。
Webライターに挑戦してみたいと管理者に話したとき、「ダメだったら、また戻ってきてもいいよ」と言ってもらえたような記憶があります(このあたりは記憶が曖昧なところもありますが)。
この一言があったから、私は安心して次の一歩を選べたのだと思います。
もし戻る場所がまったくなかったら、私はきっと、あの誘いを受けられなかったと思います。
動く前に、自分にとっての戻れる場所を確認しておくことは、根性論よりもよほど現実的な備えだと、今は感じています。
動いてみたこと自体には、意味があった
一般就労もWebライターも、結果だけ見れば、どちらも「うまくいかなかった」ことになるのかもしれません。
それでも、動いてみたこと自体に意味はあったと思っています。
知らなかった世界を実際に見られたこと。自分にも、やればある程度はできるのだという手応え。
これは、動かずにいたら、絶対に得られなかったものです。
「できない」のではなく、「今は、あえてしないことを選んでいる」。そう言い換えられるようになったこと自体が、私にとっての一つの答えです。
今、悩んでいる人へ
もし今、当時の私と同じように悩んでいる人に会えるなら、伝えたいことが3つあります。
1つは、ゆるくでいいので、何か動いてみてほしいということです。
結果がどうであれ、動かなければ何も始まりません。完璧な準備ができてからでなくても、いいと思います。
もう1つは、うまくいかなくても、自分を責めすぎないでほしいということです。
ネガティブな気持ちになるのは、私自身よく分かります。それでも、責めすぎても良いことはあまりありません。
もちろん、これが簡単ではないことも、分かっているつもりです。
そしてさらにもう1つ、今すでにある繋がりを大事にしておいてほしいということです。
私は今も、週に1回ほどB型作業所に顔を出しています。
もし今、作業所や職場に通っているなら、そこでの人間関係は、いざというときの支えになりえます。
どこにも通っていないなら、家族でも、友人でも、一人で没頭できる趣味でも構いません。
戻れる場所や、頼れる何かは、一つに限らなくていいと思います。
すでに動き出しているのに、なかなか結果が出なくて焦っている人にも、一言だけ添えさせてください。
それは、動けていない証拠では、決してありません。結果が追いついていないだけです。
これは私からの助言というより、当時の自分自身に、今の私が言ってあげたい言葉でもあります。
動き出したいときに、知っておきたい相談先
実際に動き出したいと思ったときのために、私自身は利用していない制度ですが、事実として知っておきたいものを簡単に紹介しておきます。今のA型作業所に在籍したまま利用できるものと、切り替えが必要なものがある点には注意してください。
就労移行支援
就労移行支援は、一般企業への就職に向けた訓練や、求人探し・就職後の定着支援までを行う障害福祉サービスです。
就労継続支援A型と同時に利用することは原則できず、A型の利用をやめて切り替える形になります。
利用を考える場合は、契約している相談支援専門員がいればその方に、いなければお住まいの市区町村の障害福祉担当窓口に、まず相談してみるのが最初の一歩になると思います。
ハローワークの障害者専門窓口
ハローワークには、障害のある方向けの専門窓口があります。
専門知識を持つ相談員が、求人紹介から応募書類の準備、面接対応まで、個別に支援してくれます。
就労移行支援とは異なり、雇用契約に基づく就労であるA型作業所に在籍しながら、勤務時間外に求職活動をすること自体は妨げられないはずですが、この点は事業所ごとの考え方もあるかもしれません。
気になる場合は、通っている事業所に直接確認してみてください。
まとめ
ここまで、A型作業所から一般就労に挑戦し、そして戻ってきた8ヶ月間について書いてきました。
冒頭で書いた「A型から一般就労なんて、自分にはできない」という言葉を、今のあなたがどんな気持ちで抱えているのかは、私には分かりません。
ただ、これだけは伝えておきたいです。
動けていないことも、うまくいかなかったことも、自分を責める理由にはならない、と私は思います。
私自身、一般就労もWebライターも、きれいに成功したとは言えません。
それでも、動いてみたこと自体には意味がありましたし、戻る場所があったことにも、支えられました。
働き方だけでなく、お金の面でも悩みは尽きないもので、その話は別の記事で詳しくお話しします。
私自身のことは、プロフィールページでもう少し詳しく書いていますので、よろしければあわせてご覧ください。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
