休日の夜、スマホの連絡先をなんとなく開いた。
上から順にスクロールしていくと、家族の名前ばかりが並んでいる。ここ1年で自分からLINEを送った相手を思い返してみると、一人も浮かばなかった。
別に、死にそうなほど孤独というわけじゃない。職場に行けば普通に話せる。日常生活も送れている。でも何かが薄い。人間関係という器に、水がほとんど入っていないような感覚がずっとある。
そんな感覚を抱えているあなたに向けて書いています。
この記事を書いているのは、約10年間ひきこもっていた40歳の男です。
小学5年生から不登校になり、中学2年生まで学校に行けない日々が続きました。
中学3年でなんとか少しずつ登校できるようになり、高校はなんとか卒業。でもその後の進路がうまくいかず、そのまま約10年間、家族以外の人間とほぼ関わらない生活を送っていました。
人間関係がゼロだった側の人間です。
紆余曲折を経て、今はA型作業所に10年以上通い続けています。劇的に変わったわけじゃない。
でも、確実に少しずつ変わってきました。その話は記事の後半で書きます。
最初に言っておきます。
この記事を読んでも、人間関係は劇的には変わりません。「明日からこうすれば友達が100人できます」みたいなことは一切書いていません。
ただ、今あなたが感じている重荷が、少しだけ軽くなるかもしれない。
そして最後に、一つだけ本音を言わせてほしいことがあります。
きれいごとじゃなく、本当にあなたのことを思っているからこそ書くことです。
まずは読んでみてください。
まず正直に言う。それ、あなたのせいじゃない
結論から言います。
人間関係が希薄なのは、あなたの性格や能力の問題ではありません。意志が弱いからでも、コミュニケーションが下手だからでも、どこかおかしいからでもないのです。
「そんなこと言われても、実際に友達がいないのは自分だし」と思うかもしれません。
その気持ちはわかります。私もずっとそう思っていました。ひきこもっていた10年間、人間関係がゼロだった自分を、どこかでずっと責めていました。
ダメだな、と。普通の人間はこんなふうにはならないんだろうな、と。
でも今は違う考えを持っています。
あれは自分のせいじゃなかった。少なくとも、自分だけのせいではなかった。
なぜそう言えるのでしょうか。
人間関係が希薄になるのは、意志が弱いからでも性格が悪いからでもありません。そうなる構造の中に置かれていたからです。
たとえば、学校や職場という「強制的に人と関わる場所」がある間は、人間関係は自然と生まれます。でもその場所がなくなった瞬間、どんな人間でも関係は薄くなっていきます。
これは性格や意志とは関係ない、構造上の話です。その詳しい説明は次の見出しで書きます。
一つだけ先に言わせてください。
10年間ひきこもって人間関係がゼロだった私が、今こうして書いていられるのは、これが性格や意志の問題ではなかったからだと思っています。
もしそうなら、私はまだひきこもったままだったはずです。しかし環境が変わり、場所ができたことで、少しずつ変わることができました。
「じゃあ何のせいなの?」という疑問が当然出てくると思います。その答えを、次の見出しから説明していきます。
人間関係は「場所」が作る。意志や性格の話じゃない
では、なぜ人間関係が希薄になるのか。
答えを先に言います。
人間関係は「場所」が作るものだからです。意志の強さでも、性格の明るさでも、コミュニケーション能力の高さでもありません。人間関係が生まれるかどうかは、ほぼ「場所」で決まります。
「強制的に人と関わる場所」がなくなると、人間関係は自然と薄くなる
少し考えてみてください。
これまでの人生で、友達ができたのはどんな場面だったでしょうか。
小学校のクラスメート、中学の部活仲間、高校や大学の友人、最初の職場の同僚などでしょう。
ほとんどの場合、「同じ場所に強制的に集められた」という状況の中で、人間関係は生まれていたはずです。誰かが積極的に動いたからではありません。
同じ場所に繰り返し顔を出しているうちに、自然と関係ができていたのではないでしょうか。
これは心理学でも裏付けられています。人は同じ場所で繰り返し顔を合わせるだけで、相手に親しみを感じるようになります。いわゆる「単純接触効果」です。
特別なコミュニケーション能力がなくても、同じ場所にいるだけで関係は生まれてきます。
逆に言えば、その「場所」がなくなった瞬間、人間関係は自然と薄くなります。これは意志の弱さでも性格の問題でもなく、構造上そうなるということです。
「場所」が消えるタイミングは、誰にでも訪れる
卒業、転職、引越し、退職。
人生の節目には必ず「これまでいた場所」がなくなる瞬間があります。そのたびに、それまで築いてきた人間関係は薄くなっていきます。
考えてみると、これは当然のことです。学校という場所があったから同級生と仲良くなれたし、職場という場所があったから同僚と話せるようになったのです。
その場所がなくなれば、関係も自然と薄れていきます。これは意志や努力の問題ではなく、構造上避けられないことです。
特に日本社会では、学校を卒業した後に「強制的に人と関わる場所」が極端に減ります。職場はあっても、業務上の関係以上に踏み込める場所は少ないかもしれません。
地域のコミュニティも昔に比べて機能しなくなっています。趣味のサークルや習い事に通えている人はいいですが、そういった場所に自分から飛び込むこと自体、エネルギーが必要です。
さらに言えば、一度「場所」がなくなると、次の場所を見つけることがどんどん難しくなっていきます。人間関係が薄くなればなるほど、新しい場所に踏み出すコストが上がっていくからです。
これは意志が弱いのではなく、孤立状態が持つ構造的な性質です。
「自分だけがこんな状態なのではないか」と感じているなら、そうではないのです。その話は次の見出しで詳しく説明します。
ひきこもり10年で、私が実感したこと
私の話をします。
ひきこもっていた10年間、人間関係はゼロでした。家族以外の誰とも話さない日が、ずっと続きました。
当時の自分は、それを「自分の性格のせいだ」と思っていました。人と関わるのが怖い、うまく話せない、だからひきこもっているんだと。原因は全部自分の中にあると思っていたのです。
でも28歳のとき、親についていってカウンセリングに行ったことをきっかけに、少しずつ外に出られるようになりました。その後、作業所に通い始めます。
そこで気づいたことがあります。
場所ができた瞬間、関係が生まれ始めました。
自分から積極的に話しかけたわけではありません。コミュニケーション能力が急に上がったわけでもなかった。
ただ、毎日同じ場所に行って、同じ人たちと顔を合わせているうちに、自然と話せるようになっていきました。
最初は職員さんに話しかけてもらって、聞かれたことに答えるだけで精一杯でした。
利用者さんとも、向こうから話しかけてもらって初めて返せた。それでも、一度きっかけができたら、2回目以降は意外と話せるようになっていきます。
場所があれば、人間関係は生まれます。場所がなければ、どんな人間でも希薄になっていくのです。
10年間ゼロだった私がそうだったのだから、これは性格の話ではないと思っています。
友達がいない大人は、あなただけじゃない
「自分だけがこんな状態なんじゃないか」
この記事を読んでいる人の多くが、心のどこかでそう感じているのではないでしょうか。
周りを見渡すと、みんな普通に友達がいて、充実した人間関係を築いているように見えます。それに比べて自分は、と思い始めると、どんどん気持ちが沈んでいきます。
でも、それは事実ではありません。
データが示す「大人の孤独」の実態
内閣府が令和6年に発表した「孤独・孤立の実態把握に関する全国調査」によると、孤独感が「たまにある」以上と答えた日本人は約4割にのぼります。
さらに注目すべきデータがあります。孤独感が最も高いのは、高齢者ではなく20代から40代の働き盛り世代だということです。
「孤独は高齢者の問題」というイメージを持っている人も多いですが、実態はまったく逆でした。
また、別の調査では日本人男性の約4割に「友人がいない」という結果が出ています。これは国際比較でも突出して高い数字です。
つまり、友達がいない・人間関係が薄いと感じているのは、あなただけではありません。これほど多くの人が、同じような状態にいるのです。
さらに言えば、これは日本社会全体の構造的な問題として、世界保健機関(WHO)が2024年に公衆衛生上の問題として認定するほど深刻なものでもあります。
あなたが特別おかしいのではありません。あなたがいる社会そのものが、人間関係を希薄にする構造になっているのです。
でも周りはみんな充実して見える、という話
「でも、SNSを見るとみんな友達と楽しそうにしているじゃないか」と思う人もいるでしょう。
これは当然の疑問です。ただ、少し立ち止まって考えてみてください。
SNSに投稿されるのは「充実した瞬間」だけです。誰かと楽しく食事した日は写真を投稿しますが、休日を一人で過ごした日は何も投稿しません。孤独な夜に何もする気が起きなかった日も、もちろん投稿しません。
つまりSNSには、構造的に「充実している場面」しか集まらないのです。あなたが見ているのは現実の全体ではなく、切り取られたハイライトだけです。
休日を一人で過ごしている人間は、SNSの外にたくさんいます。ただ、投稿しないから見えないだけです。
作業所で気づいた「みんな似たようなものだ」という事実
データの話だけでは実感が湧かないかもしれません。私自身の経験を話します。
作業所に通い始めた頃、利用者さんたちの様子を見て、気づいたことがあります。人間関係が希薄な状態にあるのは、自分だけではなかったということです。
さまざまな事情で社会とのつながりが薄くなった人たちが、同じ場所に集まっていました。
それを見たとき、正直ホッとしました。「特別な自分」ではなく、「そういう状況に置かれた一人」に過ぎなかったということに、初めて気づいたのです。
あなたが今感じている「自分だけじゃないか」という不安は、本当のことを知れば消えていきます。あなたは少数派でも異常でもありません。
ただ、人間関係が希薄になりやすい社会の中で、正直にそれを感じている人間の一人です。
「人間関係を広げなければいけない」という義務は、どこにもない
ここまで読んで、少し気持ちが楽になってきたでしょうか。
でも同時に、こんな声が頭の中に浮かんでくる人もいるのではないでしょうか。
「それでも、人間関係が希薄なままじゃダメなんじゃないか」と。
その感覚、よくわかります。でも少し立ち止まって考えてみてほしいのです。その「ダメ」という感覚は、一体どこから来ているのでしょうか。
「人間関係が豊かな人生が正解」という価値観は、誰が決めたのでしょうか。
友達が多い方がいい、人付き合いは広い方がいい、コミュニティに属している方がいい。そういう価値観は確かに世の中に存在します。でもそれは、あくまで一つの価値観に過ぎません。
「広く浅く」より「狭く深く」の方が合っている人間は確実にいます。一人の時間を大切にすることで、むしろ自分らしく生きられる人もいます。
人間関係の量が人生の豊かさを決めるわけではありません。内向的な性格を研究してきた心理学者たちも、同じことを言っています。
人間関係を広げなければいけないという義務は、どこにもないのです。
正直に言います。
私は今でも、人間関係は広くありません。作業所の仲間や家族との関係が中心で、いわゆる「友達」と呼べる人間は多くはない。それが現実です。
でも、それで困っているかというと、そうでもありません。今の自分には、今の自分に合った関係性があります。
ひきこもっていた頃の「ゼロ」とは違います。量は少なくても、確かにつながっている人たちがいる。それで十分だと感じています。
「人間関係を広げなければいけない」というプレッシャーを手放したとき、少し楽になりました。
変えなくていい。でも、あなたが決めていい。それだけです。
ただ一つだけ、本音を言わせてほしい
ここまで「あなたのせいじゃない」という話を書いてきました。それは本当のことです。撤回するつもりはありません。
でも、この記事のタイトルに「見ないふりだけはしないでほしい」と書いたことを、覚えているでしょうか。
ここからが、その話です。きれいごとではなく、本当にあなたのことを思っているからこそ書きます。少しだけ、付き合ってください。
環境のせいにしている間は、何も変わらなかった
私はひきこもっていた頃、自分の状況をずっと環境のせいにしていました。
うまくいかなかった大学受験のせい、自分を理解してくれなかった周囲のせい、生きづらい社会のせい。そう思うことで、自分を守っていたのだと思います。
その気持ちは今でも理解できます。実際、環境が原因だった部分も確かにありました。
でも正直に言います。
環境のせいにしている間は、何一つ変わりませんでした。10年間、ずっとそのままでした。
責めているわけではありません。当時の自分にはそれしかできなかったからです。
でも今振り返ると、「環境のせいだ」と思い続けることは、同時に「自分には何もできない」と思い続けることでもあったのです。
これは責めているんじゃない。希望の話をしている
「結局、自分のせいってことじゃないか」と感じた人もいるかもしれません。
そうじゃないのです。
自分事として受け止めることは、自分を責めることとは違います。むしろ逆で、あなたには状況を変える力があるという話をしています。
環境や構造が原因だとしても、そこから一歩動けるのは自分だけです。これは呪いではなく、可能性の話です。「自分次第で変わるかもしれない」ということは、「自分次第で変えられる」ということでもあります。
誰かが代わりに動いてくれることは、残念ながらありません。でも、少しだけ自分事として受け止めた瞬間に、何かが動き始める可能性があります。私自身がそれを経験しています。
28歳の私が、それでも一歩踏み出せた話
28歳のとき、私は親についていくという形でカウンセリングに行きました。
大きな決意があったわけではありません。自分から積極的に動いたわけでもなかった。ただ、親が行くというから、なんとなくついていっただけです。それが最初の一歩でした。
その後、カウンセラーの方と何度か会ううちに、1人でもカウンセリングに通えるようになっていきます。そしてやがて、作業所に通い始めました。
振り返ってみると、あの「なんとなくついていった」という小さな行動が、今につながっています。劇的な変化ではありませんでした。でも確実に、少しずつ変わっていきました。
一つだけ気づいたことがあります。最初のきっかけが、一番怖いのです。
自分から話しかけることは最初はできませんでした。でも一度きっかけができたら、2回目以降は意外と話せるようになっていきます。最初の壁だけが、突出して高かった。
だから言えることがあります。大きく変えようとしなくていいということです。最初の一歩だけが問題です。そこさえ越えれば、あとは意外となんとかなっていきます。私がそうだったように。
まとめ|人間関係が希薄な自分を、責めなくていい。でも、諦めなくてもいい
最後まで読んでくれて、ありがとうございます。
最後に、この記事で伝えたかったことを3つにまとめます。
1つ目は、人間関係が希薄なのは、あなたの性格や意志の問題ではありません。
人間関係は「場所」が作るものです。場所がなくなれば、どんな人間でも希薄になっていきます。
日本人の約4割が孤独感を抱え、男性の約4割に友人がいないというデータがあります。これは個人の問題ではなく、社会構造の問題です。あなたは異常でも少数派でもありません。
2つ目。「人間関係を広げなければいけない」という義務は、どこにもありません。
希薄なままでいいと納得しているなら、それはあなたの選択です。量よりも質を大切にする生き方もあります。「正解」は一つではありません。
そして3つ目。それは、ただ「見ないふり」だけはしないでほしいということです。
「まあいいか」という感覚が、本当の納得なのか、それとも見ないようにしているだけなのか。そこだけは、一度正直に自分に問いかけてみてください。
少しだけ自分事として受け止めた瞬間に、何かが動き始めるかもしれません。私自身がそうでした。
責めなくていい。でも、諦めなくてもいい。
その両方が、本当のことだと思っています。
10年間ひきこもって人間関係がゼロだった私が、今こうして書いていられるのがその証拠です。劇的に変わる必要はありません。「ちょっとはマシな状態」を目指すだけで十分です。
あなたのペースで、あなたが決めていい。この記事が、そのための小さなきっかけになっていたら嬉しいです。
