人間関係リセット症候群の後悔|逃げた私が10年かけて気づいたこと

人間関係をリセットしたい、と思ったことがある人に読んでほしい記事です。

あるいは、すでにリセットしてしまって、今ごろになって「あれでよかったのか」と考えている人にも読んでほしいです。

リセットしたくなる気持ちはわかります。私自身、かつて高校時代の友人たちとの関係を、自分から絶っていった経験があるからです。

恥ずかしい自分を知られたくなくて、返信できないまま、気づいたら全部なくなっていました。

正直に言うと、当時はホッとしていました。

でも時間が経つにつれて、じわじわと後悔のようなものが出てきました。

「リセットしたかった気持ち」と「後悔している気持ち」が、どちらも本物として同時に存在していました。

この矛盾した感情を抱えたまま、どうすればいいのか。

この記事では、その問いに対して私なりの答えを書きます。正解は押しつけません。

ただ、同じような経験をしてきた人間として、正直に書きます。

目次

リセットしたくなる気持ち、私にはわかる

最初に伝えておきたいことがあります。人間関係をリセットしたくなる気持ちは、弱さでも異常でもありません。その衝動の裏側には、ちゃんとした理由があります。私自身の経験をもとに、正直に書きます。

「消えたい」は逃げじゃなかった

人間関係をリセットしたくなるとき、その引き金の正体は何なのでしょうか。

「疲れた」「めんどくさい」という言葉で片付けられることが多いですが、私の経験から言うと、もっと深いところに本当の理由がありました。

私の場合、引き金は「恥」でした。大学受験に失敗した年、高校時代の友人たちはそれぞれの新しい生活に踏み出していました。

進学した人、就職した人。みんなが前に進んでいるのに、私だけが浪人という肩書きのまま、どこにも行けずにいました。

進路の話を聞かれるのが怖かったです。正確には、聞かれる前から怖かったのです。だからメールが来ても返信できませんでした。

返信できないまま時間だけが過ぎて、気づいたら連絡が来なくなっていました。

自分から積極的に絶ったわけでも、相手から切られたわけでもない。

ただ、返せなかっただけです。でも結果として、人間関係はリセットされていました。

この「恥ずかしい自分を見せたくなくて消えたい」という心理には、ちゃんと名前があります。

ヒューストン大学のブレネー・ブラウン博士は、長年の研究をもとに「恥とは、自分には欠陥があり、愛やつながりを得るに値しないという感情だ」と著書の中で述べています。

この恥の感情が、人間関係の回避を引き起こすことがあるというのです。

つまり「恥ずかしい自分を見せたくなくて消えたい」という気持ちは、おかしくありません。

人間として非常によくある、心理的な反応の一つなのです。

リセット直後に「ホッとした」のは弱さではない

連絡が途絶えて、人間関係がなくなっていったとき、正直に言うとホッとしました。

この感覚を「弱さ」と片付けてしまう人もいますが、私はそう思っていません。

これ以上、恥ずかしい自分を誰かに知られなくていい。家族以外との人間関係がなくなって、少しだけ息ができる感じがしたのです。

今思い返すと、あれは逃げだったと思います。でも当時の私には、それしかできませんでした。

もしあなたが人間関係をリセットして「ホッとした」と感じているなら、その感覚を責める必要はありません。

それだけ消耗していたということの証拠だからです。限界まで頑張ってきた人間が、やっと息をついた瞬間だったとも言えます。

ただし、このホッとした感覚には賞味期限がありました。時間が経つにつれて、別の感情が出てくるのです。

それでも後悔が出てくる、その理由

リセット直後はホッとしていた。でも時間が経つと、なぜ後悔が出てくるのでしょうか。私の経験と研究をもとに、正直に書きます。

孤独は最初は快適で、あとからじわじわ重くなる

人間関係がなくなった直後は、静かで楽でした。誰かに気を遣わなくていい。誰かの目を意識しなくていい。

ひきこもっていた時期、最初のうちはそれが心地よかったのです。

ところが、時間が経つにつれて、孤独の感触が変わっていきました。

最初の「静けさ」が、いつの間にか「重さ」に変わっていったのです。

これは私だけの経験ではありません。ブリガムヤング大学のホルト・ランスタッド教授らの研究によれば、孤独感による死亡リスクの上昇は、1日15本の喫煙に匹敵し、肥満よりも高いとされています。

孤独は「気持ちの問題」ではなく、身体にも確実に影響を及ぼすものなのです。

私の場合も、ひきこもりが長引くにつれて、孤立しているという自覚が少しずつ強くなっていきました。

そしてその自覚が強まるほど、気持ちが重くなっていきました。

「いざというとき頼れる人がいない」という現実

後悔の正体は、日常が普通に流れているうちはなかなか見えません。

でも何か困ったとき、誰かに話を聞いてほしいとき、ふと「連絡できる人がいない」と気づく瞬間が来ます。

東京都健康長寿医療センター研究所の村山洋史先生によれば、頻繁に連絡を取る「太いつながり」だけでなく、たまに連絡する程度の「細いつながり」も、健康や精神的な安定に重要な役割を果たすとされています。

完全につながり続けなくていい。でも完全にゼロにしてしまうと、いざというときに何も残っていない状態になってしまうのです。

私が後悔しているのも、まさにこの部分です。

あのとき連絡を絶たなければ、今ごろ細いつながりぐらいは残っていたかもしれない。そう思うことが、今でも時々あります。

ただ同時に、あのとき逃げなければ生き延びられなかったかもしれない、とも思っています。

後悔しながら、同時にホッともしていた。この矛盾した感情を、私はずっと抱えてきました。

「後悔している自分」を責めなくていい理由

リセットしたかった気持ちと後悔、この二つが同時に存在することに混乱している人は多いと思います。でもこの矛盾は、解消しなくていいと私は考えています。

リセットしたかった気持ちと後悔は矛盾しない

「リセットしたかった気持ち」と「後悔している気持ち」が同時に存在することは、おかしくありません。

この二つは矛盾しているように見えて、実は地続きになっています。

私の経験で言うと、ひきこもりになってから孤独感が大きくなりました。その意味では、後悔しています。

でも同時に、こうも思っていました。「ひきこもりになったことは、浪人よりもさらに恥ずかしいことだ。だから知っている人がいなくなって、むしろ良かった」と。

つまり、相反する二つの感情が、同時に本物として存在していたのです。

心理学的に見ると、この状態には説明がつきます。ブレネー・ブラウン博士の研究によれば、リセットのような回避行動は「自分を守るための防衛反応」であり、弱さではないとされています。

限界を超えたストレスに対して、心が「逃げることで安心しよう」と反応した結果なのです。

つまりリセットしたかった気持ちは、あなたが壊れていたからではありません。それだけ追い詰められていたということです。

そしてその気持ちを後悔しているのは、本当はつながりたかったからです。

どちらも本物の感情です。白黒つけなくていいと、私は思っています。

後悔できるのは、つながりを大切にしたかった証拠

後悔という感情は、責めるべきものではありません。むしろ後悔できること自体が、あなたにとって大切なサインだと私は考えています。

人間関係をリセットして、まったく何も感じない人がいたとしたら、その人はそもそも誰かとつながることに関心がない人です。

後悔するということは、本当はつながりたかったという気持ちが今もあるということです。

ブレネー・ブラウン博士は、人間には本質的に「誰かとつながりたい」という欲求があると述べています。

リセットしてしまったことへの後悔は、その欲求が今も生きている証拠でもあります。

自分を責める必要はありません。リセットしたかった気持ちも、後悔している気持ちも、どちらもあなたが人間である証拠です。

「完全リセット」か「完全につながる」かの二択をやめた話

リセット症候群で悩む人の多くは、「全部切る」か「全部続ける」かの二択で考えがちです。でも私の経験から言うと、その二択自体をやめたとき、少し楽になりました。それが私にとっての転機でした。

人間関係は0か100じゃなくていい

人間関係をリセットしたくなるとき、多くの場合「この関係を続けるか、全部切るか」という二択で考えていないでしょうか。

心理学的にはこれを「全か無か思考」と呼びます。白か黒か、好きか嫌いか、続けるか切るか。グレーゾーンが見えなくなる状態です。

人間関係リセット症候群になりやすい人は、この思考パターンに陥りやすいとされています。

でも実際の人間関係は、0か100かで割り切れるものではありません。

深くつながれる人とは深くつながり、そうでない人とは薄くつながる。その濃淡があっていいのです。

完全につながり続けなくていい。でも完全にゼロにしなくてもいい。

その間にある「細いつながり」という選択肢が、実は一番現実的で続けやすい形だと私は思っています。

私がA型作業所で10年続けられた理由

正直に言うと、A型作業所で10年続けられた理由は、最初から「うまく人間関係を設計しよう」と考えていたわけではないからです。

作業所では、稼ぐことを第一に考えていました。人間関係を深めることより、仕事をこなすことが目的だったのです。

作業所に来ている人たちは、それぞれ何らかの事情を抱えている人たちです。

お互いに深く踏み込まなくても、それが自然な場所でした。休憩時間に雑談はする。

でも深い話は特にしない。そういう距離感が、たまたま私には合っていました。

一方で、最初に通ったB型作業所では、連絡先を交換して一緒に出かける人が数人できました。深くつながれる人がいたことも、私の経験の一部です。

つまり私が学んだのは、「深くつながらないようにしよう」という方法論ではありません。

深くつながれる場所では自然につながり、そうでない場所では無理につながろうとしない。

その自然な流れに任せたことで、気づいたら10年続いていたのだと思っています。

人間関係は、そのくらいゆるく考えてもいいのかもしれません。

まとめ:後悔している今のあなたへ

人間関係をリセットしたかった気持ちも、後悔している気持ちも、どちらも本物だったと私は思っています。

どちらかを否定しなくていいです。

「あのときリセットしなければよかった」と自分を責める必要もないし、「リセットしたのは正しかった」と無理に正当化する必要もありません。

私自身、今でもあのときの選択が正しかったかどうかはわかりません。

逃げなければ生き延びられなかったかもしれない。でも逃げたことで失ったものもある。その両方が、正直なところです。

後悔できるということは、誰かとつながりたかったということです。

その気持ちが今もあるなら、やり直せます。細いつながりを一本だけ残すことから、少しずつ始められます。

人間関係をリセットしてしまったことを、私はまだ後悔しています。

でもその後悔を抱えたまま、今日もA型作業所に通い、少しずつやり直しています。

あなたも、そのままで大丈夫です。

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